今竹智氏へのインタビュー

 

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芸術におけるディストピア。これは今月の主要テーマであるが、不可思議な謎に包まれており、一見近寄り難い。この謎は、主に社会の負の側面と暗い側面から構成されている。しかし、東京を拠点に活動する芸術家、今竹氏は実際にディストピアが何を意味するのかという別の理論を持っており、彼の芸術的創造は日本の現代社会に抑圧され閉じ込められた側面を表している。

 

彼の作品は日本の社会での日常的な側面を注視しているため、彼の芸術的創造は日本の生活における日常的な問題にうまくひっかかっている。彼は社会的側面が十分皮肉を含んでいると言えるが、これらは見る者に強い影響を与える。

それゆえ、今竹氏はディストピアの意味について興味深い理論を持っており、それが彼の芸術において現在重要な役割を果たしている理由である。私たちは、混沌とした社会で生きぬくための戦いを通して、ディストピアが理解できると今竹氏に断言する。

彼は日本大学芸術学部を卒業後、日本の現代社会のさまざまな側面を表現するために皮肉った子供のような大人をモチーフに描いている。それらは日本の現代社会の厳しさを反映し、そのルーツは日本のさまざまな歴史的過去にも深く結びつく。また、彼のインスピレーションを構成するアートワークの中には伝統的な印象派もある。私はそんな彼の魅力を感じた皆さんに是非読んでいただきたい。

C.M.: まずは自己紹介をお願いします。

S.I.: 私は1965年生まれ。日本大学芸術学部を卒業し、商業美術のイラストレーターとして仕事をしながら、アーティストとしての創作活動をしています。

C.M.:ご自分の事を日本の近代的な芸術の空想家だと思われますか。

S.I.: はい。

C.M.: どうしてご自分の事は空想的な芸術家だと思われますか。

S.I.: 私は「現在」について描いているつもりです。
しかし私は、私の絵を観た人が「この絵には未来の事件が描かれている」と解釈する事を否定しません。
それは絵を観た人の自由ですから。
「ディストピアは未来にある」とするなら、あなたのその解釈は私にも理解できます。
私は「現在」や「未来」について、厳密に分けて考えていないのかも知れません。
ディストピアは今を生きている私たちの心の中で生まれるものだし、未来はどこか遠い別の場所にあるわけではないですから。
「私が空想家であるか、否か」について、私は「私にはよくわからない」と答えるべきでしょう。
それは絵を観てくれた人が決める事なのだと思います。
もし私の事を空想家だと思ってくれるなら、それは私にとって嬉しい事です。

C.M.: 日本の近代的な社会のほかに、どこからインスピレーションが湧いてくるのですか。

S.I.:コンピュータグラフィクス(3DCG)、伝統的な印象派絵画、漫画、サイエンスフィクション、フィリップKディックの小説、アンドレイ・タルコフスキーの映画、Behanceで私がフォローしている多くのアーティスト、などなど。

C.M.:  日本の社会について、最も心を惹かれることは何ですか。

S.I.:日本に暮らしていて、日本の良さに気付くことは難しいです。
敢えて言うとすれば、
アジアの一国としての長い歴史と、欧米からの影響、最新科学技術などが混ざり合い、混沌としている文化。この文化を反映して、

何とかバランスしている社会。

C.M.: このような芸術は社会にどのように受け入れられていますか。

S.I.:残念ながら、あまり好意的に受け入れられているとは思えません。私の作品には、綺麗で可愛い女性などは登場しません。普通の人が、より心地いいものを観ようとするのは自然なことです。でも、今の日本社会が、心地いいものだけでなく、他のものも芸術作品として広く受け入れるほどには、日本社会は成熟していないと思います。
しかしこれには、私の宣伝活動の不足も原因の一つです。

C.M.:  日本の国家は今竹さんの芸術を支援していますか。
S.I.:いいえ。残念ながら日本国家の芸術支援のあり方は、とても小さいものです。

C.M.: 今竹さんは世界を観察する芸術家として、ご自分の作品が表現している世界との関係において、ご自身をどこに位置付けられていますか。

S.I.:私は作品の一部です。描かれている人物は、私を含む普通の人たちの分身です。
私の重要なテーマである現代社会というものは、一つの大きな生き物のようでもありますが、これを構成する要素は個人です。だから私は個人の立場から、個人に向けて描いているつもりです。

C.M.:  今竹さんの作品は日本社会の現状についてのものですか。あるいは、これは日本の未来についてのあなたの捉え方ですか。
S.I.:私の作品は日本社会の現状についてのものです。過去でも未来でもなく「今」について描くことが、意味のあることだと考えています。

C.M.: 日本は住みにくい国だと思われますか。

S.I.:とても難しい問題です。
全般的には住みやすい国だと思います。命の危険を感じることはほとんどありません。政治的自由や表現の自由も保証されています。これはとても大事なことですね。
しかしその一方で、社会からの抑圧が大きく、自殺者は年間約30000人という側面も無視することはできません。

C.M.: 日本のまさに現在の芸術において、社会的かつ経済的にいって、今竹さんの芸術はどのような位置にあたりますか。あるいは、国境を越えた芸術においてはどうでしょうか。

S.I.:日本の現代美術界において、私は特に認められている存在ではありません。社会的、経済的に成功もしていません。先ほども言いましたが、これには私の宣伝不足も原因の一つです。しかし日本の美術界はとても閉鎖的なので、私はわざわざそこに入る意味を今のところ感じません。
だから私は、インターネットを通じて自分の作品を発表できて、色々な国の人からメッセージがもらえることに、とても元気付けられています。今の私の目標は、日本以外の国で展覧会を開いたり、あるいはグループ展に参加することです。

C.M.:  ディストピアの概念は芸術においてどのように評価されますか。

S.I.:よくわかりません。それは評論家がやるべき仕事のように思います。
ただ、ディストピアdystopiaとして表現された作品を私はとても好きです。

C.M.: なぜ日本の近代的な社会のユートピアではなく、ディストピアで表現しようと思われたのですか。

S.I.:ユートピアutopiaを表現した作品はとても多いです。それに、人々は否定的なものや暗いものは敢えて見ようとはしません。でも、だからこそそれを表現する意味が、芸術にはあると思います。
そもそも、ユートピアとディストピアは表裏一体(two sides of the same coin)だと私は考えます。
少なくとも豊かな国である日本では、「想像すること」は自由であり、制限はありません。これは一見良いことに見えますが、制限がないゆえに、その「想像すること」は状況によってはどんどん現実から遊離していきます。その結果として他者との会話が通じなくなり、価値観の共有もできなくなります。これは果たして良いことなのか、悪いことなのか?
昔、誰かが書いたフィリップKディックについての評論において、「ディックの作品を読む人が増えれば、ディックが描く未来を避けることができるのではないだろうか」というのがありました。この文章が、私はとても印象に残っています。だからディストピアを描くことは、実は前向きなことだと私は考えています。

C.M.:  ディストピアは日本人の精神性にどのように現れているのでしょうか。

S.I.:これも難しい質問ですね。社会学者が答えるべきことかもしれません。

敢えて言えば「諦観」かも知れません。これは「諦めの気持ち」です。日本の社会、あるいは組織というものは、変化を嫌い、現状を維持しようとする力がとても強いのです。この組織の中で、ある個人が時代に即した変化を求めても、組織はなかなか変わっていきません。このようなことが続くと個人は「行動を起こしても無駄」「どうせ何も変わらない」「考えても無駄」という思いに捕らわれていきます。社会全体がそのような空気に覆われていきます。
確かに考えないほうが楽ですから。しかし残念ながら、これは奴隷と同じ状態ですね。
私が気になるのは、個人としての考えと、組織の一員としての考えとの間でギャップが生じるということです。例えば個人としては「これは間違っている」と思っていても、組織の一員になると「そうとは言えない」というような。個人の考えは消え去ってしまうのです。それを無自覚に受け入れてしまうことで、さまざまな形で歪みが生じてくるのかも知れません。

C.M.:  今竹さんの作品は過去における日本の社会と関係がありますか。例えば、歴史的な理想はユートピア、そして作品はいわゆる反対の表現という事ですか。
S.I.:いいえ。「過去は素晴らしかった」という考え方には賛同しません。そのような考え方は現実逃避的で退廃的、それこそディストピア的ですね。
もし過去が素晴らしかったとすれば、現代も素晴らしいはずです。
現代において、いくら悲惨な事件が起きようと、過去を調べれば、悲惨な事件は今以上に多くあったことがすぐにわかります。

Vacation
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ミクレア・チェザラ

添削:マキ・ヤスフク

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